公開日:2026年9月18日
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「専業は世間から見れば無職」 3つの目に映る、同じ一人の姿

短い投稿でしたが、刺さる人には深く刺さる内容でした。

「専業は世間から見たらただの無職。でもスロットを打つ人から見れば、膨大な知識で期待値を追う存在で、尊敬しかない」

リプ欄には「射幸心の塊のような場所で期待値を追う姿は戦士」といった称賛が並んでいました。

そして興味深いのが、この投稿とほぼ同じタイミングで、別の議論が走っていたことです。

同じ日、専業は「課税対象」として語られていた

先ほど、パチンコ所得税の記事を書きました。「新税ではなく既存の所得税の話」という訂正が拡散した件です。

あの議論のなかで、専業はこう位置づけられていました。

一時所得雑所得
対象一時的・偶発的な勝ち継続的・営利的な稼ぎ(専業)
特別控除50万円ありなし

そして反応のなかには、「課税されれば専業・軍団が消える」と歓迎する声もありました。

尊敬される専業と、消えてほしいと言われる専業。 同じ日に、同じ存在について、正反対の話が流れていたわけです。

3つの目に、同じ一人がどう映るか

整理すると、こうなります。

見る側専業はどう映るか
打ち手膨大な知識で期待値を追う技術者
世間無職
税務継続的・営利的に稼ぐ者

ここで、なかなか皮肉な事実に気づきます。

税務の世界だけが、専業を「働いている」と扱っている。

世間は無職と見る。本人も履歴書に書けない。それでも税制上は「継続的・営利的な稼ぎ」として、雑所得の区分に入る余地がある。

職業として認められていないのに、職業として課税される。この捻れ方、なかなかのものです。

では、実際に何をやっているのか

「尊敬しかない」という評価が、どこから来るのか。作業内容を分解してみます。

一日の流れ

工程中身
前日店ごとのイベント日、過去データ、導入台数の確認
早朝抽選に並ぶ。番号次第で当日の計画が全部変わる
開店直後台の状況を素早く判断。空き状況で第二候補へ切り替え
実戦中数値を記録し続ける。継続と撤退を判断し続ける
閉店後収支の記録、翌日の計画

これを、休みなく続けます。

先日、抽選が1,180人で打ち切られた店の話を書きました。ああいう日に並び、番号を見て、座れなければ移動する。その判断を毎日やっているということです。

そして、環境は年々厳しくなっている

これまで扱ってきた数字を並べます。

指標状況
4円パチンコのアウト3年連続で過去最低
平均玉単価2025年7月に史上初の2円突破
営業店舗数減少が続き、選択肢が縮小
型式試験の適合率パチスロは10%前後。新台が出にくい

拾える期待値が減り続けている市場で、それを職業として成立させる。

「尊敬しかない」という評価が出るのは、この難易度を知っている人が多いからでしょう。

ユーザーの反応

この投稿への反応を要約して紹介します。

  • 「あの環境で期待値を追い続ける姿は、技術者そのものだと思う」という声(称賛の反応要約)
  • 「毎日並んで、毎日判断し続けるのは普通の精神力ではできない」という声(継続性を評価する反応要約)
  • 「金のためだけに打つ専業と、楽しみたい一般客では価値観が違いすぎる」という指摘(距離を置く反応要約)
  • 「尊敬はするが、自分が同じ生き方をしたいとは思わない」という声(憧れと現実を分ける反応要約)
  • 「社会的な信用という点では、やはり厳しい立場だと思う」という指摘(現実を挙げる反応要約)

3つ目と5つ目。称賛一色ではありません。

兼業から見た専業

ここからは、率直な話を書きます。

私自身、かつては専業でした。そして今は、取材の合間に打つ側です。

この立場から見ると、専業への評価は「尊敬」と「あれはもう無理」が半々です。

何が一番きついのか

負けた日も続けなければいけないこと。 これに尽きます。

今の私は、負けた日は「今日はダメだった」で終われます。翌日は別の仕事があるからです。

専業にはそれがありません。負けた翌日も、同じ時間に起きて、同じ列に並びます。

先日、連休に負けが膨らむ構造について書きました。「明日取り返せる」という選択肢があることが、判断を狂わせるという話です。

専業は、その状態が365日続きます。 そこで規律を保つのは、技術より精神の問題だと思います。

代打ちとの違い

先日、代打ち・軍団について書きました。他人の資金で打ち、負けても日当が出る働き方です。

時給に直すと1,000円台。分散を負わない代わりに、上限も低い。

専業代打ち
資金自分持ち雇い主持ち
負けた日そのまま損失日当は出る
台選び自分で判断指示に従う
上限実力次第時給で固定

専業が尊敬されるのは、この「全部自分で背負っている」という点にあると思います。

それでも、勧められる生き方ではない

公平に書きます。尊敬と推奨は別物です。

失うもの中身
社会的信用審査、契約、あらゆる場面で説明が必要になる
収入の安定期待値は収束するが、月単位では大きく振れる
公言できる立場先日も書いたが、この趣味は言い出しづらい
市場そのもの店が減り、拾える期待値も減っている

とくに最後。専業という働き方は、市場の縮小と正面からぶつかります。

先日、演者の淘汰について書きました。発注元が10年で半減した市場に人が増えれば、椅子取りゲームになる。 専業も構造は同じです。

まとめ

打ち手から見れば技術者。世間から見れば無職。そして税務から見れば、継続的に稼ぐ者。

同じ一人が、見る角度でこれだけ変わります。

個人的には、「尊敬しかない」という評価に同意します。 兼業の身からすると、あれを毎日続けられる精神力は素直にすごい。

ただ同時に、自分がもう一度あの生活に戻れるかというと、たぶん無理です。 負けた翌日も同じ列に並ぶ。その反復に耐えられる自信がない。

だから尊敬するし、勧めもしない。そういう距離感が、いちばん正直なところだと思います。

そして課税の議論が進むなら、職業として認められないまま、職業として課税されるという捻れだけは、どこかで整理されてほしいところです。


※本記事は2026年9月18日時点の情報に基づきます。税務上の扱いに関する記述は一般的な制度の整理であり、個別の税務判断を確定するものではありません。投稿の内容および反応はSNS上の投稿を要約したもので、原文の引用ではありません。

パチンコ・パチスロは18歳になってから。適度に楽しむ遊びです。のめり込みに注意しましょう。

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